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1957年9月

第4回東日本体育大会(横浜市・三ツ沢競技場)。戸田第2代会長は歴史的な“原水爆禁止宣言”を発表。

1973年4月

第1回中国青年部総会(広島県立体育館)。生存の権利を守る青年部アピールに基づき「広島決議」を採択。池田会長(当時)から、平和構築の人材山脈をとのメッセージが寄せられる。

8月

広島県青年部が第1回原水爆禁止広島平和集会(広島市社会福祉センター)。広島・長崎市長が参加し、あいさつ。戦争絶滅・核廃絶への1千万人署名運動を広島をスタートに実施。

1974年8月

広島県青年部が第2回原水爆禁止広島平和集会(広島市公会堂)。1800人が参加。反戦出版シリーズ“戦争を知らない世代へ”「広島のこころ−二十九年」 を発刊。

9月

戦争絶滅・核廃絶への1千万人の署名を達成、1975年1月、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長からワルトハイム国連事務総長に手渡された。

1975年8月

青年部が'75反戦平和中央集会(広島県立体育館)。全国の代表1万人が参加。席上、完成した青年部制作の反戦映画「戦争のない明日へ」を初公開。同映画の上映運動始まる。

8月

“戦争を知らない世代へ”「広島・閃光の日・30年」「私が聞いたヒロシマ」を発刊。

11月
池田会長(当時)、原爆慰霊碑に献花(平和記念公園)。第38回本部総会(広島県立体育館)。池田会長は核問題への提唱、人類の前途と宗教などについて講演。池田会長が出席して広島原爆犠牲者への追善勤行会(広島文化会館)。
1976年8月
広島県青年部が第4回広島青年平和集会(広島市公会堂)。第1回原爆犠牲者追善勤行会(広島文化会館)。以後、毎年実施。 「平和の天地に地涌の舞い」をテーマに'76広島文化祭(広島市公会堂)。
11月
“戦争を知らない世代へ”「広島の願い−高校生と被爆31年」を発刊。

1977年4月

“戦争を知らない世代へ”「広島の炎・32年目の証言」を発刊。
8月
広島県高等部が高校生を対象に核意識調査。日本の核保有に3割近くが「やむを得ない」。
1979年12月
広島市が被爆者資料を戸田平和記念館(横浜市)に永久貸与決める。

 

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