被曝二世アーティストの挑戦
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世界各地で、”平和の世紀”願う 共同製作展
広島県西区 田中 勝
1998年、初訪米しサンフランシスコでの国際美術展に参加した際、父親の被爆体験を話す機会がありました。その時、原爆開発の父を持つアメリカの画家・ベッツィ・ミラー・キュウズ女史との出会いがありました。
「あなたと出会えたことが不思議です。一緒に展覧会をしませんか」との彼女の提案が、転機となりました。被爆二世で映像作家の私が撮影した写真と、ベッツィの描いた絵画をコンピュータ・コラージュで、共同制作を始めました。その作品展を「平和の新世紀」プロジェクトと名付けて、1998年以来各地で開催しています。

作品名:「Peace's New Century No.1」 1999年制作
「平和の新世紀」プロジェクトをスタートして、初めに制作した作品のひとつ

作品名:「Peace's New Century No.1」 1999年制作
「平和の新世紀」プロジェクトをスタートして、初めに制作した作品のひとつ
作品名:「Peace's New Century No.1」 1999年制作
「平和の新世紀」プロジェクトをスタートして、初めに制作した作品のひとつ

広島市内の小学校での同学校プロジェクト。子どもたちの仕上げた絵にベッツィも想いを描く(2000年9月)
 
被爆者の父(中)はベッツィ(左)との出会いで過去の傷跡が癒(いや)されたと。右が私(1999年9月)

中国・マカオで中高等学校を訪問し、同学校プロジェクト交流・講演会を開催。活発な意見や質問が(2000年11月)
 
「平和の新世紀」学校プロジェクトで、アメリカ・サンフランシスコの小学校を訪問して(1999年12月)
中国・マカオで中高等学校を訪問し、同学校プロジェクト交流・講演会を開催。活発な意見や質問が(2000年11月)
 
中国・マカオで中高等学校を訪問し、同学校プロジェクト交流・講演会を開催。活発な意見や質問が(2000年11月)
 

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